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「舟を編む」、「蜜蜂と遠雷」

大衆文学の至高

 過去に読み、ぜひとも紹介したい一冊について綴ります。今回は、直木賞本屋大賞受賞歴のある、言わずと知れた名作である「舟を編む」「蜜蜂と遠雷」をセレクトしました。
 大衆文学における名誉ある賞の受賞作であるだけあり、非常に満足度の高い内容です。普段は、ミステリーなどの外連味の強いジャンルを好む僕ですが、表題の二作はとても印象深く、
大衆性の中にも確かに文学性を感じることができ、新しい気付きをも齎らしてくれました。
 好きな飲み物を片手に読んでいただきたい作品です。贅沢な「おうち時間」を過ごせること間違いありません。 

舟を編む

 三浦しをん氏の代表作である当作品は、第9回「本屋大賞」(2012年度)を受賞。
新刊書店で働く書店員が、過去一年間に実際に読んだ作品で、お客さんに「読んでもらいたい」「売りたい」「薦めたい」と思える作品が選ばられるのが本屋大賞
文学的思考、文学に関する専門的見地の観点からでなく、シンプルに読んでもらいたい作品が選ばれることから、受賞作は間違いなくハズレなしです。
 僕は、読む作品を選ぶ時の選考基準に、各種コンテストでの受賞作を積極的に挙げますが、
本屋大賞受賞作に最も食指が動きます。名だたるコンテストの中でも、近年急速に注目度が高まってきており、話題性・作品の完成度が最も期待できることが理由です。

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あらすじ

 出版社に勤める青年が、「言葉」に対する考え方の鋭さを認められ、辞書の編集を任せられることに。
 青年と個性豊かな編集部員達の辞書完成までの奮闘記。

 

読了後の所感

 シンプルに物語の内容に興味が持てた作品です。「言葉」というものに僕自身も興味が尽きません。
文明・文化の発展と共に進歩してきた「言葉」。そんな言葉の歴史、進歩はものすごく魅力的かつ壮大なテーマであるなと日々思っています。
この言葉は誰が作ったのだろう、どのようにして生まれたのだろう、語と語釈の関係性は誰がなにを基準にして設けているのだろう、言葉として扱われる基準はなんなんだろう・・など。
「モノ」であれば、発明者や製作者が生み出しますが、「感情」を表現する言葉は誰が、いつ何がキッカケで生み出したのだろうなど想像すると「言葉」の深さの淵を感じることができます。もちろん言語学者が言葉の歴史を紐解き、学説上では答えは出ております。
 しかし、敢えて文献から学ばずに、日々の生活を通して少しずつ自分なりの考え方を形成していくことに楽しさを覚えている自分が居ます。かれこれ10年程度模索していますが(笑)。
学説上のような完璧な答えではなく、自分なりの納得できる「言葉」に対する答えが見つかれば良いな思っています。舟を編むは、答えに繋がる断片が散りばめられていた作品でした。
 当作品では、辞書を編集する一面が描かれておりますが、辞書が並々ならぬ苦労の基に発刊されていることがわかります。イメージしてみてください。自身の認識がある言葉は言葉の意味を容易に表現できますが、自身が認識していない言葉を表現・説明する難解さを。
普段、僕たちは、わからない言葉があればすぐにスマホや辞書で調べます。
 しかし、辞書の編集には、新しい語句、つまりは既存の言葉ではない、言葉を表現しなければならない場合もあります。ましてや、読み手である全ての人が同じ認識に行き着くような表現・説明が求められるのです。
 読了後は、辞書に対する見方が変わります。辞書によって、語の語釈が異なりますし、時代によっても異なります。なかでも「右」という言葉の表現・説明は、出版社によって大きく異なりますので、ぜひ索引してみてください。
 舟を編むは、物語自体に大きな動きはありませんが、写実的で等身大の日常に物語性が吹き込まれており、一見華やかさに欠けるテーマに彩りを加えることを得意とする、三浦氏の執筆力がうかがえる秀作です。

蜜蜂と遠雷

 大衆文学の最高峰である、第156回「直木賞」(2016年度)を受賞した恩田陸氏の作品。
直木賞は、娯楽性・商業性の観点から選出され、映像化されるケースが多いことから、作品の認知度も高く、文学界に留まらずエンターテインメント界全体への影響力があるため、受賞作への期待感は非常に高いです。
 当作品は、名だたる人気作家が選考員を勤めている直木賞と併せて本屋大賞も受賞したかなりの売れ作です。文学のプロ(直木賞)と一般の声(本屋大賞)に認められた作品であることから、読まずにはいられませんでした。

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あらすじ

 ピアノの国際コンクールに出場するコンテスタント(出場者)達のコンクールに臨む様子を描いた作品。
 亡き偉大なる音楽家が最期に残した「ギフト」と称される神童、あることを機に表舞台から姿を消したかつての天才少女、19歳にして既にスターの座を確約されている優勝候補の青年、楽器屋に勤めるサラリーマンで凡才のピアニスト。
 超絶技巧で音楽性も十人十色。拮抗するコンテスタント達による熾烈な予選、本戦がはじまる。

 

読了後の所感

 「音」を活字のみでここまで表現できることにただただ興奮しました。
音楽はとても好きなもののクラシックには門外漢な僕ですが、豊富な語彙、幅広い表現力により、クラシック音楽の魅力を感じることができました。ステージで奏でられる壮大な音楽が、文字を通じて実際の音となり、自分がコンクール会場内に居合わせている錯覚を覚えるほどのリアルティを感じることができます。
 読了後は、好きな音楽に対して漠然と描いてたイメージを言語化できるようになりました。
楽曲を構成する「序破急」を意識しながら聴くことにより、楽曲の持つテーマや意識みたいなものが、抽象的ではありますが理解できることにも気づけました。仕事で以前一度、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴きましたが、前述したことを意識して改めて聴いてみたいと思いました。
 また、ピアノの奏者によって同じ譜面(楽曲)でも全く音色が異なり、曲全体の仕上がりも変わってくることが作品を通じて想起できました。作中には、コンテスタントが、同じ楽曲を演奏するシーンがあるのですが、奏者による音の鳴り方の違いを作者は強く描写しており、その表現の多様性も当作品の魅力のひとつです。
 音楽コンクールを題材にした作品は幾多とありますが、作中に登場する実在の楽曲を活字のみで壮大かつ生き生きと表現した作品は多くないと思います。現に、直木賞の選考委員達も表現力の豊かさを異口同音に挙げていたようです。
 蜜蜂と遠雷は、圧倒的な表現力により、コンクール中の濃度の高い時間の流れを読み手も同じ時間軸、同じ濃度で感じることができる作品です。
 さらに、音楽の魅力を文学的視点から発信しようとする、作者の「挑戦」をも感じることができる秀作です。